1963 |
東京都新宿区にて、 出産予定の1ヶ月前に未熟児として生まれる。
叔父の慶応大学片山左京教授がお見舞いにきたことから右京と命名。 |
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1970 |
■相模原市立鹿島台小学校入学。
小学3年生で、自転車旅行をはじめる。江ノ島、相模湖など近郊への旅行から、5年生とときには信州からや紀伊半島から東海道を通り相模原に帰るなどの長距離旅行を行なう。
また、小学校3年から中学まで丹沢山海主峰、塔ヶ岳に通じる表尾根(通称 馬鹿尾根)の山小屋「見晴茶屋」での歩荷(ぼっか)を経験し山に親しむ。
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1976 |
■日本大学第三中学校入学。
陸上部にて中長距離選手として活躍、都大会に出場。英語の単位を上げるから・・・といった事が陸上部入りの真相らしい。 |
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1979 |
■日本大学第三高等学校入学。
陸上部にて中長距離選手として活躍。陸上で大学への推薦を目指すが、推薦試験前のバイク事故で大学進学を断念。レースの世界へと進むことに。
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1982 |
オートルック筑波ガレージに住込みメカニックとしてレースの世界へ。
レースデビューに向けた下積み生活を送る。 |
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1983 |
■FJ1600でレースデビュー。
筑波FJ1600Bのデビュー戦でポールポジションから優勝。同クラスのシリーズチャンピオンとなる。 |
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1984 |
■鈴鹿FJ1600Aクラスに出場。
シリーズチャンピオンとなる。 |
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1985 |
■日産・長谷見モータースポーツより、全日本F3選手権に出場。
ランキング6位。
8月に渡仏。Fルノースクールを受講し、コースレコードを更新する。 |
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1986 |
■フォーミュラ・ルノー・フランス国内選手権に出場。
第3戦マニクールでポールポジションを獲得、2位入賞。
第7戦終了時、ランキング5位。
■7月からフランスF3選手権にステップアップ。 |
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1987 |
■フランスF3選手権に、チーム・デュケンよりエントリー。 |
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1988 |
3月に株式会社片山企画を設立。
■全日本F3000選手権に、BA-TSU RACINGよりエントリー。
シリーズ11位。
■ル・マン24時間レースに、フランスのコラージュ・コンペティションより出場。
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1989 |
■全日本F3000選手権に、Footwork FORMULAよりエントリー。
■同チームより、ヨーロッパF3000シリーズに、5戦出場。
■出光石油 with Footwork FORMULAより、全日本ツーリングカー選手権にエントリ。
第4戦鈴鹿にてクラス優勝。 |
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1990 |
■全日本F3000選手権に、CABIN RACING with HEROESより全10戦エントリー。
シリーズランキング5位。
■F1ブラバム・ヤマハのテストドライバーに抜擢され、7月よりドライブ。
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1991 |
■全日本F3000選手権に、CABIN RACING with HEROESより全11戦エントリー。
シリーズチャンピオン獲得。 |
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1992 |
■ヴェンチュリー・ラルースチームより、FIAフォーミュラ1世界選手権全戦エントリー。
開幕3戦連続で完走し話題を集める。
■ ル・マン24時間レースに、トヨタ・チームトムスより出場。 |
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1993 |
■ティレル・レーシング・オーガニゼーションより、FIAフォーミュラ1世界選手権全戦エントリー。
第9戦イギリスGPより、新型マシン、ティレル021を投入。実践の中でマシンを熟成させながら、ニューマシンを3戦連続完走に導く。
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1994 |
■ティレル・レーシング・オーガニゼーションより、FIAフォーミュラ1世界選手権全戦エントリー。
開幕戦ブラジルGP、第3戦サンマリノGPにおいて5位入賞。第8戦イギリスGPにおいて6位入賞を果たす。ドイツGP・ハンガリーGP予選にて日本人最高位のグリッドを獲得。シリーズランキング17位。
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1995 |
■ティレル・レーシング・オーガニゼーションより、FIAフォーミュラ1世界選手権全戦エントリー。
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1996 |
■ティレル・レーシング・オーガニゼーションより、FIAフォーミュラ1世界選手権全戦エントリー。
■モンブラン(4,897mフランス)登山に挑戦し登頂。 |
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1997 |
■ミナルディーチームより、FIAフォーミュラ1世界選手権全戦エントリー。
■マッターホルン(4,477mスイス)・モンテローザ(4,609m・スイス)・ブライトホルン(4,165m・スイス)登山に挑戦し登頂。
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1998 |
■トヨタ・チームヨーロッパより、ル・マン24時間レースに出場。5年ぶりのワークス参戦となるトヨタの新型マシンTS020の開発を担当。9位完走。
■キリマンジャロ(5,621m・タンザニア)・エルブルース(5,621m・ロシア)登山に挑戦し登頂。アコンカグア(6,959m・アルゼンチン)登山に挑戦。
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1999 |
■トヨタ・チームトムスより、全日本GT選手権参戦。
トヨタ・チームヨーロッパより、ル・マン24時間レースに出場。日本人チームの最高位2位完走。レース中でのファーステストラップを記録。
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2000 |
■ニッサン・モータースポーツ・インターナショナルより、全日本GT選手権参戦。
マレーシアで行われた、GTオールスター戦にて優勝。 |
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2001 |
Team UKYO 設立。
■トヨタチーム セルモ with UKYO より、全日本GT選手権参戦。
■10月 世界第6位のチォーオュー(8201m)登頂。
■12月〜翌年1月 パリ・ダカール ラリー初出場。40位初完走。 |
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2002 |
■トヨタチーム セルモ with UKYO より、全日本GT選手権参戦。
■6月 チームペスカロロより「ルマン24時間耐久レース」出場。
■10月 世界最高峰エベレストに挑戦するも南峰(8790m)で撤退する。
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2003 |
■1月 「テレフォニカ・ダカール2003」へトヨタ・チーム・アラコより参戦。
■6月 MKレーシングより「ルマン24時間耐久レース」に出場し13位完走。
■9月 世界第14位のシシャパンマ(中央峰8008m)登頂 |
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2004 |
■1月 「テレフォニカ・ダカール2004」へトヨタ・チーム・アラコより参戦。
■3月 慶応大学の電気自動車プロジェクト「エリーカ」のテストドライバーとして参加。
■6月 「オプティ・モロッコ」(通称 モロッコラリー)にTeam Land
CruiserTOYOTA AUTO BODYより参戦。
市販車無改造ディーゼルクラス3位入賞。
■11月 世界第8位のマナスル(8163m)に挑戦するも強風の為7650mで断念。
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2005 |
■1月 「テレフォニカ・ダカール2005」へTeam Land Cruiser
TOYOTA AUTO BODYより参戦。クラス3位。
■6月 「JOY耐」にバイオディーゼル燃料利用のトヨタ・カローラ・ランクスで出場し完走する。
■8月 「アジアクロスカントリーラリー」(タイで開催)へTeamUKYO
with OSAKA TOYOTA GROUPで参戦。
総合8位、クラス2位、日本人最高位でゴール。
■11月 アマダブラム峰(6812m)に登頂。
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2006 |
■4月 TeamUKYOにて(第8回)シマノもてぎレースにて2時間エンデューロ2人クラス 4位 完走。
■7月 スーパー耐久(第4戦) 十勝24時間レース ST3クラス2位、総合10位 完走
■8月 アジアクロスカントリーラリーへ「OTG・REVO with TeamUKYO」として
バイオディーゼル燃料利用のトヨタ・ランドクルーザー100で出場。完走。
■11月 世界第8位のマナスル(8163m)に再挑戦し登頂。 |
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2007 |
■1月 ユーロミルホー・ダカールラリー2007に世界初のバイオ燃料100%で出場。
総合68位で完走。
■ ガッシャブルムT峰(8068m)U峰(8035m)に挑戦。 悪天候により登頂を断念。 |
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2008 |
■1月 ユーロミルホー・ダカールラリー2008に参戦するが、情勢不安のため競技が中止。
■スピードカーシリーズ全5戦にフル参戦。 |
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